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その真相を知りたくて、綺名は水無瀬市の伝説を、何かに憑かれたように調べていた。だが所詮はどの口伝も文献も、お伽噺の域を出なかった。不死身の武士の伝説の最後は実に多様だった。彼は、智慧深いお姫様に諭されて改心したり、お侍さんの罠にかかった末に呪詛を吐いて逃げたり、水底の人魚の国へと還ったりしていた。どれも曖昧でもっともらしく、故に具体的なことは何も分からない。
だが一つ確かなことは、どの伝承も彼の死を語ってはいないという事だった。不死身なのだから当然と言えば当然のこと。けれどもし伝承が真実だとすれば、綺名を襲った異形の正体が、今も生き続けるその武士であったとしても矛盾はしない。―――馬鹿馬鹿しいと思いながら、綺名は何処かでそれを信じている。だからこそ確かめたいのだ。
鏡の中の自分が、リボンを結んでブレザーを引っ掛ける。そして、額にかかる前髪を神経質そうにいじった。細い髪の筋の間から、微かな緑の光が漏れ出ている。彼女は自分の額の中央が、熱を帯び始めているのを感じていた。
「あ…」
黒髪をいじりながら、ふと綺名は夢の最初のシーンを思い出した。右目の上の髪の一筋をゆっくりと人差し指と親指で挟みながら、上から下へとなぞる。いつも俯き下限でじっと睨んでいるような負けん気の強い瞳の上に、ザンバラな黒髪を載せた幼い少年の面影が脳裏をよぎった。
「響君、元気かな…」
五年前に引っ越した幼馴染の名を、多少の後悔を込めて呼んだ。視線を巡らせて窓の外を見ると、今日は曇りのようだった。
三
教室には、緊張した空気が流れていた。かりかりと答案にシャーペンの芯を走らせる音だけが響く。県立水無瀬南高等学校の一年五組の教室では、県内統一模擬試験の最後の教科である物理テストが実施されていた。
(これで、終わり…)
開始されて十分余り。そこで窓際の席に座る綺名は筆を置いた。既に答案用紙の解答欄は全て埋まっている。そしてそれが全て正答であることを、彼女は知っていた。いつもならここから、適度に難度の高い設問を見つけては誤答を捏造していくのだが、今日はそんな気になれなかった。
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