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そして右手には―――何かの頭が掴まれていた。人間のものでもなければ、動物のものとも思えない。そいつは魚のような瞼の無い瞳を持ち、蛙のような唇の脇にはえらが大きく張り出している。異形の、生首。どんより曇った目をしたそいつは、確かに死んでいる。
少年は、そのおぞましい首をまざまざと見つめて表情を苦くすると、何かを諦めるように足下の小川に振り捨てた。どぷん。重い音を立てるそれに最早一瞥もくれず、川べりから舗装された県道へと登る。数歩進んで中央へと進み、軽く身をかがめると、御守りのような小さな包みを拾い上げた。
少年はその包みをしばし見やった後、綺名が駆け去った、闇に浮かぶ光の島々を見つめた。
二
満天の星の下だった。鏡祭からの帰り道、田畑に囲まれた未舗装のじゃり道で、凶行は赤黒い幕を上げていた。
ガッ…と鈍い音が鳴って、綺名を守ろうとしてくれた男の子が激しく撥ね飛ばされた。
「響(ひびき)君…ッ!」
幼い綺名は土埃を上げて二転三転する幼馴染の少年を悲鳴で追った。けれど彼女の叫びも虚しく、ようやく回転を止めた彼の体はぴくりとも動かなかった。
「まだ子供、か…。あまり良い心地はせんが…」
少年に向けられた視界の脇から声が落ちかかる。巨大な影が彼女を飲み込んだ。綺名はびくりと肩を震わせる。少年を襲った凶行が、自分を避けてくれる道理は何処にも無かった。
それでも、訳も分からないまま襲われるのは嫌だった。勇気を振り絞って、頭上の恐怖へと顔を向ける。
「…ひッ…!」
間近に、巨大な異形が立ちはだかっていた。この夜、鏡祭の帰り道、綺名と父と幼馴染の男の子を襲ったもの。その姿を目にしたとたん、綺名の腰が抜けた。ぺたんと尻餅を突き、後ろに手をついて後ずさる。この日のために父親が買ってくれたスカートが、砂利にまみれて薄汚れた。
そいつは最初に綺名の父を襲った。父もまた、綺名を守ろうとしてくれたが、そいつが携えた太刀の一撃で退けられ、襲撃者の背後に血を撒き散らして倒れている。
「い…や…」
お気に入りのマフラーの鮮やかな赤に首を埋めて、涙を一杯に貯めた綺名の瞳が異様な影の正体を映す。
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