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「神迎えの夜」
序
葉もまばらになった木々の梢が、闇を次から次へナイフのように切り裂いていく。枝葉の陰、月が隠れては顔を出す。
黄と赤の落葉を撒き散らしながら、少年と少女が夜の森を疾走していた。
二人とも、酷く悲惨な格好だった。少女の服はあちこち破れ、赤黒い染みが広がっている。少年は、上半身の肌を冷たい夜風に晒していた。それでも額を汗が伝っては落ちていく。
「涼、大丈夫?」
「心臓潰れても、走るっつったろーが…」
「それより梶浦、貴宮は?」
少女は少年に並走しながら、ひび割れた眼鏡の奥の瞳を彼の背中に向けた。
「ン…大丈夫。気は失ってるけど、大丈夫…」
そこに、もう一人の少女が背負われていた。人並外れて長い黒髪が、白百合の香りを纏って少年の背から長い尾を引いている。少女が纏う巫女装束は走る二人よりも激しく血の紅を広げていて、少年と少女の焦燥を刻々と刻んでいた。
眠るように瞼を降ろす少女の顔を不安に見入った後、駆ける少女は目を閉じた。思い出す。もしも思い出が絆そのものだというのなら、ここで断ち切られるはずがないのだと信じながら。
梶浦(かじうら)有紀(ゆき)は思い出す。
祈りのように紡ぎ出す。
あれは、二ヶ月ほど前だ。
1. 梶浦有紀
一
「貴宮(あてみや)冬花(とうか)です。体調を崩して、しばらく休学していました。よろしくお願いします」
誰もが過ぎ去った夏休みに未練を残して気だるい雰囲気を漂わす、二学期の始業式、その後のホームルーム。市立常盤中央高校二年A組の教室に響いた澄んだ声で、男の子も女の子も頬を張られたように机に突っ伏した顔を上げた。
私は思わず眼鏡のフレームを手で押し上げて、彼女に見入ってしまっていた。
(へえ…)
日本人形のようにおかっぱにした長い黒髪が、幻想的なまでに綺麗な子だった。実際私は、皆を真似てブリーチした自分の髪を少し恥じたほどだ。
そう、転入生の貴宮さんは綺麗な子だった。綺麗過ぎるほどに。私はクラスの中に、見えないさざ波が広がっていくのを確かに感じていた。
「貴宮さん、どう? 一緒にお弁当食べない?」
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