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「人形たちの永い午睡」
序.一九四五年夏
一九四五年夏、フィリピン・ルソン島――第二次世界大戦末期、日本本土への最終防衛線とされたこの地で、米軍は勝利を決定的なものにしていた。日本軍は既に崩壊、まともな対戦車兵器も持たぬ歩兵たちは、米軍機甲部隊に成す術もなく蹂躙されていた。
そんな中――米軍のある機甲部隊が、日本軍からあり得ない襲撃を受けていた。
「畜生(※ファァック)、どうなってやがる! 敵はどこだ!? おい、戦車長(※コマンダー)! 目標はどこか!!」
熱帯の熱気と湿気の不快が入り混じるM3軽戦車の狭い車内で、砲手(※ガンナー)が汗で肌に貼り付いた軍服(※アーミーウェア)を忌々しく叩きながら後ろを見上げた。
「うるせえ黙ってろ、×××野郎! 夜陰と雨でまるで視界が効かんのだ!」
ガタガタと激しく揺れる戦車上部の司令塔(※キューポラ)から懸命に顔を出している戦車長が、苛立って叫ぶ。彼が見回す戦場は、森の中にあって、野球場(※スタジアム)程度の広さのある開けた場所だった。夜、熱帯特有の豪雨(※スコール)に振り込められた戦場の視界は極めて悪く、十メートルほどの間隔で死んだように沈黙する仲間のM3軽戦車ずんぐりした影が数台、闇の中で雨にぼやけて浮かび上がっているのが辛うじてわかる。
「どうしたって言うんだ、一体……」
散開して進行していた戦車たちは、唐突に、そして次々と動きを止めていた。爆薬の閃光も、火線の一つも見えず、静かに、眠るかのように。いくら無線で呼びかけても何の反応の無い。何らかの敵襲を受けていると気付いたのは、数台の戦車が停止した後だった。その時には、戦車に付き従っていた数十名の歩兵たちもいつの間にか姿を消していた。
「くそっ、敵が見えねえ……! 仲間たちは何にやられた? 何をやられた? 俺たちは何と戦っている!? クソったれ、日本兵(※ジャップ)の幽霊と戦っているとでもいうのかよ!!」
自分たち米軍が既に十万人を下らない日本兵をこの島で殺していることを思い浮かべ、戦車長はその巨大な怨念に身震いする。彼の豊富な戦闘経験を以てしてもこの不気味な状況は説明がつかず、今や、この戦場で動いているのは、十メートルほど隣で並走する友軍戦車一台のみとなっている。
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