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「おい、技術士官! ヒギンズ坊や(※チェリー)! 貴様、この状況をどう思う! 大学首席で出たその頭で考えやがれ!!」
戦車長が、足元の車内で一番若い兵士の肩を乱暴に蹴る。エンジン音で声が通りにくい車内で戦車長が部下の肩を蹴って注意を引くのは珍しくないが、その行為には、いささかの侮りがあった。
「その見下した言い方やめて下さい。たとえ技術士官でも僕は兵士で、副操縦手です。坊やではありません」
坊やと呼ばれた副操縦手はヘッドセットをずらし、いかにもインテリらしく眼鏡のブリッジを神経質そうに押し上げた。
「日本兵(※ジャップ)どもは、もうまともな対戦車火器を持っていないと聞いています。火器無しで歩兵が戦車を止めるとしたら、車体に取り付くほかありません。その上で爆発も何もないとすれば、密かに取り付いて、燃料タンクに穴を空けているのかもしれません」
「戦車に取り付くだぁ? 馬鹿かお前、M3(※こいつ)は最大戦速六十キロで走ってるんだぞ! この足場の悪い戦場でこいつに追いつける歩兵がいるわけが……」
「ちょっと待ってください、戦車長! ……入電! 直近、生き残りの味方戦車からです!」
戦車長の怒声の半ばで通信手も兼ねる副操縦手のヘッドセットがコールサインを打ち鳴らす。
「目標を発見したか!? 何て言ってやがる、坊や!」
「静かにして下さい……!」
逸る砲手を横目で睨み付け、副操縦手はヘッドセットを耳に押し当て、雑音だらけで途切れ途切れの声に集中する。
「“すぐに……ハッチを閉めろ……”? “死にたく……なければ”……?」
「ハッチ……? 敵兵の狙いは燃料タンクじゃないのか?」
「“敵……は……歩兵…………女…………”……?」
副操縦手自身が、己の復唱の奇妙な内容に眉を顰める。“歩兵”はともかく、“女”とはどういう意味だ? そう、若い副操縦手が思ったときだった。
『やめろ、助けてくれ……っ、うあああああああああああああああああああああッ』
「……ッ!」
鼓膜が破れそうな凄まじい悲鳴が音割れしながら耳に飛び込んできて、副操縦手は慌ててヘッドセットを外した。
「戦車長! 何か……何かが外から来ます! 危険です、頭を引っ込めて下さい! 急いで! 司令塔(※キューポラ)のハッチを閉じます!」
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