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蒼褪めた副操縦手が、一段高い司令塔の座席から立ち上がり、ハッチから外に顔を出している戦車長を振り仰ぐ。
と、副操縦手の視線の先、司令塔の座席に、すとん……と、戦車長の体が奇妙に真っ直ぐ落ちてきて、両腕をだらりと下げた。戦車長は座席に腰を下ろしたのだ。
そう、戦車長の――首の無い、死体が。
「う……うわあああああああああああああああああっ」
ぶしいいいいいいいいいいいいいいいいぃっ! 一拍遅れて戦車長の横一直線に綺麗に斬られた首の断面から、真っ赤な血が噴水のように吹き上がり、副操縦手の眼鏡のレンズにベチャベチャ降りかかったた。
「ああ、ぅ、あ、ああああああああああああああああっ」
血の雨を浴びながら副操縦手は半ば泣きながら司令塔によじ登る。首からぼごぼ血泡を吹く戦車長の死体を押しのけ、震える腕で懸命にハッチを閉じ、両手でロック用レバーを回し、野太い鉄の棒でガチャリと堅く施錠する。
「よくやった、坊や! 生きて還ったら名誉勲章に推薦してやる! さあ、取り付いた日本兵(※ジャップ)を振り落とすぞ! 急制動! 総員、とにかく何かに掴まりやがれ!」
言うが早いか、操縦手がブレーキペダルを踏み込む。
ガ……ッ、ガッ! ガガガガガガガガガガッ! 履帯(※キャタピラ)の鋼の爪が雨に濡れた泥土を削り、十三トンの巨大質量が最大戦速六十キロから一気に減速する。戦車長の死体と三人の兵士の身体を激しい減速Gで数十秒も前へと押し付けた後、やっと車体が止まる。
「は、は……やったな。身のほど知らずの日本兵(※ジャップ)は、今頃戦車から落ちてミンチになってるだろうぜ。ざまぁ見やがれ……」
「ああ、いい気味だ。だが六十キロで疾走する戦車に追いつくとは……一体、どういう兵士だったんだ……?」
危機は去ったとばかりに、砲手と操縦手が次々と口を開く。安堵が広がっていく車内で、一人、若い副操縦手だけが、呆然とハッチを見上げていた。
ギ……ギ…………。
「な……んだ……?」
見上げる副操縦手の目と鼻の先で、ハッチが不気味な音を立てている。戦車長の血に汚れ、ぼやけている眼鏡のレンズの奥で瞳を凝らすと、副操縦手は、それがロック用の鉄棒が悲鳴を上げている音だと気付く。
「鋼鉄製のロックが……?」
ギ、ギ、ギギギギギギギギ……!
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