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堅い鉄棒がみるみる折れ曲がり、ハッチが少しずつ開いていく。開いた隙間に、見まごうことなき、人間の指先が見えた。
「そんな……こんなこと、人間には……!」
バキィ!! 外から誰かがハッチをこじ開けている――そう理解した副操縦手の目の前でロック用の鋼の棒が弾け飛び、ハッチが一気に開け放たれる。
「な…………ッ!?」
開いたハッチから車内へと降り注ぐ雨粒が血に汚れたレンズを洗い流し、澄んだ視界を取り戻すとともに、瞳に飛び込んできた光景に副操縦手は我を忘れた。
「………………」
降りしきる雨の中、ひととき雲間から姿を現した月を背に、艶やかに濡れた黒髪をうち流し、片手に日本刀を携えた美しい少女が、暗闇に映える真紅の瞳で無表情にこちらを見下ろしていた。死体で見慣れた日本兵の軍服と外套(※マント)を纏い――だが、軍服の下は極端に短いプリーツスカートで、白く瑞々しい太腿が剥き出しになっていた。
「おん……な…………?」
“歩兵”、“女”――困惑の中、副操縦手の優秀な頭脳が、先ほどの味方からの通信からキーワードを拾い出させた。間違いない。“女”とはこの少女のことだ。米軍にも女性兵士は居るが、大半が後方支援だ。どの国の軍隊であろうと、こんな最前線に女性兵士が、しかも歩兵で配置されるなど聞いたことがない。その上、少女はまだ十代のように見える。
自分を見詰めて動かない若い敵兵士に、少女は少しだけ表情を動かした。
「どこを見ている……? ……ほう……そうか、なるほど」
「……ッ」
副操縦手の息が詰まる。彼の視線を追った少女が浮かべたのは、見たものを凍りつかせるような笑みだった。
「わずかでも見惚れてくれれば隙が出来る――少佐の言う通り、こんな布切れでも、慰安以外の効果が確かにあるようだ」
少女は、雨で白い太腿にぴたりと張り付ているスカートの裾をヒラヒラと片手で弄ってみせる。その傍ら、少女の残る手の内の日本刀が、赤黒い血にべっとりと濡れているのを知り、副操縦手は直観する。
――そうか……全て、この刃がが斬り倒したんだ。戦車長も、歩兵も、他の戦車兵も、全て……。
だから、銃火も爆発も見えなかった。数十人の歩兵と何台もの戦車を、この少女一人が葬ったのだ。副操縦手は奇妙にも、この少女以外の敵がこの戦場に居るとは思わず、それは絶対に正しいと思った。
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