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壱
熊野灘。
和歌山県から三重県にかかる海域。
沿岸は入り組んで岩礁や暗礁が多い、いわゆるリアス式海岸。代々漁師の家も多く、明空の友人にも数人が父親の跡を継ぐ、と公言している者もいた。
明空は十七、高校三年生になった。
明空は子供の頃、不思議な体験をした。
記憶はところどころあやふやではっきりしないが、誰かに手を引かれて大きな旅館に行き、かき玉のあんかけがかかったうどんを食べたことは覚えている。
今もうどん屋に行ってメニューに見つけるたびに食べてみるのだが、あれを超える味には出会えていない。
そして、帰り際に自分で選んだ「お守り」。
――――― それはお守りだよ。大事に持っておいで。いつかお前さんを守ってくれる。
あの不思議な、城のような旅館にいた「若旦那」の声が蘇る。
他のことは朧気なのに、その声だけははっきりと覚えていた。
あれが夢ではない証拠。
それがこのお守りの存在だ。
少し古びた玉浮き。
何の変哲もないそれが釣り以外で役に立つのか疑問だが、明空は肌身離さず持ち歩いていた。
施設に入って二年が過ぎる頃、明空を引き取りたい、とひと組の夫婦が里親を申し出た。
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