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 確かに明空よりも大きなストライドで進むのだから自分で歩くよりずっと早い。でもいかんせん安定感が微妙で、必死に多娥丸の首にしがみついているという情けない格好を若旦那に見られたくないという思いが強かった。  気恥しいながらもバランスを取る事に集中しているうちに、旅館の門を潜る。  さすがに下ろしてくれるだろうと思ったが、多娥丸は足を止めず、そのまま開け放たれた玄関に足を踏み入れた。  気配を察してか出迎えに現れたのは、おかっぱ頭のお千。 「いらっしゃいませ。怪我はないようで何より」  居並ぶ団体客を見回して言うと、多娥丸を見上げ「あら」と目を瞠る。 「若旦那! ちょっと来て!」  慌てたようにお千が奥へと呼ばわると、ややもせずに暖簾を跳ね上げて若旦那が顔を出した。 「なんだい、お千。騒々しい」  軽く眉を寄せて窘めるように言った若旦那の顔と、その低く柔らかい声。 「ちょ、下ろして!」  ぺしぺしと多娥丸の肩を叩くと、今気づいたように「ああ」と声を漏らしてやっと下ろしてくれた。  顔を上げて若旦那を見ると、大きな目を丸くしている彼と目が合った。 「おやまあ。随分大きくなったもんだね」  何一つ変わらない様子に、明空は言葉を失ってただ見つめ返すことしかできない。 「それにしても、お前さんはいつもずぶ濡れだね。しかも今度は海水かい。髪も服もバリバリじゃないか」  呆れたように言って、彼の目がお千に向けられる。     
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