意外な事実

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大学にも慣れ、日毎に夜の仕事も覚えて楽しくなってきた。 俺がこのプレジールに入って早々ビールの泡を浴びせた柏木さんは、 その翌週の明けに一人でやって来て、 それからは月、水、金と俺が店に入る曜日には必ず顔を出してくれるようになった。 時々は相方の水無月さんも一緒に。 「やあ」 今夜一人でやって来た柏木さんは、カウンターの前まで来ると気恥ずかしげに声を掛けてくれる。 数秒ではあったけど、毎回必ず見つめてくる柏木さんの癖にも、俺はいつの間にか慣れていた。 「いらっしゃいませ、柏木さん」 悧人さんがすっと目の前のチェアに促すと、 「汰士君、ビールをくれる?」 わざわざ俺に向かって注文してくれた。 「はい」 「エア抜いただろうな?」 悧人さんはあの日以降、確認を怠らない。 「バッチリです」 俺は冷えたグラスを傾け、サーバーにあてがい、コックを握る。 「、、、グラスを傾けて、、、、 内側の肌に沿わせて、、、っと、 ここまで。 コックを向こうへ倒して泡を、、、」 毎回手順を声に出す俺を柏木さんは黙って見守る。 「だいぶ慣れたね、汰士君」 差し出されたビールを眺めて静かに言った。 「相変わらず営業妨害してますけど」 俺は注ぎ口の泡をさっと拭いて、柏木さんの前に立つ。 それを聞いて、にこっと笑った柏木さんは、 時間をかけずにビールを飲み干し、 続いて悧人さんに銘柄を指定してバーボンのロックグラスを手にすると、しばらく黙って飲み続けた。 今夜は週の頭で客は少なく、誠二さんは馴染みのお客さんに呼ばれ、フロアに出て座っている。 カウンターには柏木さんの他に、もう一人別の客がいるだけだ。 「あの、、、汰士くん」 柏木さんは少し照れたように笑って、 「君も何か飲まない? 良かったら僕と乾杯して」 と真っ直ぐな眼差しで誘ってくれた。 「わ! ありがとうございます!  じゃ、ざくろジュース頂きます!」 そう言って、 「やった!」 と、小さい声をあげてしまった。 単純に店で試飲した生のざくろジュースが俺の大好物になったからってことなんだけど、柏木さんは俺の反応を見て、ぱっと顔を明るくした。 それからはずっとニコニコしてる。 「柏木さん、何だか嬉しそうですね。 良いことでもあったんですか?」 グラスにジュースを注ぎながら訊いた俺に、 柏木さんは答えを探すように視線を巡らせ、 「あったよ。 汰士君に飲み物を勧めてみたかったんだけど、いつも忙しそうだったのとタイミングがわからなくて。 今日やっと声をかける事ができた」 と、クールな大人の顔に似合わない事を言った。
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