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ぼくはうなだれて、古本の棚に向かう。
「プレゼントやから、リボンかけてくれんか」
越田さんが、そう言っているのが聞こえた。中古の品を贈る人などめったにいないだろうに、そこは店長だ。引き出しから赤いリボンを取り出すと、センス良く結んだ。
「お、上等や。ありがとな」
「お買い上げ、ありがとうございます」
越田さんはお金を払うと店を出た。ぼくは、なぜか気になって後を追った。
「あの……それ、誰にあげるんですか」
越田さんは足を止め振り向いた。
「別に、誰にもやらんがな」
「リボンかけてもらったのに?」
「人が悪いなあ。見てたんかいな」
ぼくの顔を見て、ばつが悪そうに笑う。
「なあ、裕希くん。今から暇か?」
大学は春休み中だし、バイトも無かった。
「特に用事はないですけど」
「なら、ちょっとつきあってくれんか」
越田さんは、ぼくの返事を待たずにさっさと駐車場に向かい、車のキーを開ける。
「ほい、乗って乗って」
車には、よく知られた製薬会社の社名が入っている。ぼくは助手席に乗り込んだ。
「仕事中ですか?」
「まあな。薬屋の営業マンや。今日の分は回ったし、何とでもなる」
病院を回って、薬をPRする仕事か。ワゴンの後部座席には、薬の箱がつまれていた。
「どこに向かってるんですか」
車は市街地を抜けて、田んぼの間の道を走っていた。畑には菜の花が揺れている。
「あのな、俺の娘のとこや」
「え? 別々に住んでるんですか?」
「そやな、5年前に離婚したからな」
言葉に詰まる。自分の察しの悪さに、舌打ちする。
「別に今どき、そこら中におるやろ」
「娘さん、おいくつなんですか」
「15や。4月から高校生や。六花っていうんやけど、六花って何のことかわかるか」
「雪の結晶のことですか」
「そや、よお知っとるなあ。冬の寒い粉雪が降る日に生まれたんや。ほっぺたが白くてな。それが泣くと、バラが咲くように赤くなるんや。俺の白雪姫やと思ったなあ」
越田さんの表情が、一気に柔らかくなった。
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