万年筆の独り言

1/3
41人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

万年筆の独り言

 裕希さんの推測通り、この2年間、六花さんに寄り添ってきたのは、この私に他ならない。  六花さんの想いを綴ってきたのだから。  中でも、印象に残っている日記がある。  裕希さんと待ち合わせた日のことだ。  あの日の日記は、六花さんには珍しく、少し字が乱れていた。 『もお、何でかわからん。自分がわからん。  裕希さんと、写真展に行く約束をした。  待ち合わせの場所に歩いていく時、何かふわふわして、地面を踏んでいる感じがしなかった。  学校へ行くのとは反対方向の電車だし、よく考えてなかったけど、  そんなに遠くないんよね。  会おうと思えば、会えるんやね。  でも、直接会うのってよくないかな。  頭の中で危険信号が点滅した。  入口のガラスの中から、裕希さんが手を振ってた。  前より、髪の毛短くしてた。目元がすっきり見えた。 「こんにちは。久し振りだね」  ああ、クラリネットの深い声。体中に響く。 「寒いね。向こう、雪降ってた?」 「はい……降ってました」  それだけ言うのが精一杯やった。 「手紙やメールでやりとりしてるのに、こうして会うと照れるね」  笑うと八重歯が見えて、子どもみたい。  絶対年上に見えんよ。     
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!