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彼女はほとんど毎日、あのカフェに行っていた。出てくるまでの時間が長い事から、働いているのだとわかった。
人形が働くなんて。
いや、それよりも人間に変化するなんて。
たまに公園に来ては、俺達を楽しそうに見つめているマリア。
信じたくはないが、彼女は人形だった頃を覚えていないようだ。
会えるのにこんなに遠いなんて。
彼女と一緒にいたい。
彼女と話がしたい。
マリアがいない世界なんて、耐えられない。
願いが届いた。
俺は少しの間だけ、人間に姿を変えられる力を持った。
これでマリアを迎えに行ける。
早速カフェに向かった。
だがそこにいたのは、楽しそうに仕事をこなすマリア。
ガトーショコラを頬張るマリア。
知らない男と楽しそうに、仲良く談笑するマリア。
それから約3年後に2人は結婚した。
どのマリアの姿も、今まで見た事がない程の満面の笑みを浮かべ、星のような輝きを纏っているようだった。
俺は店を出てしまった。
何故この時何もしなかったって?
お前は時計塔の人形で、俺のお姫様だと言えば信じてくれるものか?
いいや、違う。
信じるはずはない。頭の可笑しなやつとしか思わない。
それにこうも考えた。
もし信じて、人形に戻ってくれたところで、折角掴んだ彼女なりの幸せを手放させたら、昔のような笑顔を見せてくれるのだろうか。
優しい彼女だ。
何も言いはしないだろうが、あの嵐の時のように泣くのだろう。俺の見えないところで。
いつだったか。
彼女が踊っている最中に話していた。
『あのカフェ……いつも美味しそうな匂いがするわね。いいなぁ、私も食べたいわ。』
羨まげに見つめているマリア。
『ははは、人形は人間の食べ物は食べられないよ。』
『そうよねぇ。でも食べてみたい。人間になれないものかな。』
『人間なんて、面倒臭いものだ。俺はなりたくないな。』
マリアさえいれば、俺はどうでもいいし、どんな世界でも生きていける。
そういうつもりで言ったのだが、マリアには通じただろうか。
『でも素敵よ。働いて、美味しい物を食べて、素敵な人と出会うの。勿論辛い事もあるけど、それでも頑張って生きられる事が私は憧れる。』
大好きな笑顔だったが、その言葉のせいか俺は心に穴が開いた。
寒さのような痛みのような感情が、空洞の中に蠢いているようにも感じた。
そうだ。
俺は彼女がいれば、それで満足だし幸せだった。
だが、彼女は俺がいたところで、幸せにはならない。
それに気づいていた癖に、この時は無視していたのだ。
だから、俺は彼女に真実を告げはしない。
これからもそのつもりだ。
思い出して貰えなくても構わない。
人間のように、幸せになってくれる事を願っている。
だが、もし。
もし、許されるならたまにお話ぐらいは、してもいいだろうか。
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