一章【醜い願いは奥底に】

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〇〇〇〇 「…い。お…!おーい!」 あまりの大声に、スャムの脳天から全身へびりびりと震えが走った。 「なん…なんだよ」 何事かと身を起こしたスャムは、その騒音の出所を確認してまた、布団に体を沈ませた。 「五月蝿い。どうにかならねぇのか、お前のその声は」 「ならへんな」 「ならねぇのかよ」 軽口を叩きながら、身支度をする。 そう、今日は神殿へ初めて足を運ぶという大仕事が待っているのだ。 一ヶ月に渡り、洗脳されている人間たちの行動心理を探ってきた。 ごく普通の人たちだ。家族同士でわいわい食事をしたり、兄弟で少し仲が悪かったり。 ただ少し、大司教への忠誠心が高すぎるというだけで、洗脳されていると言われても気づかないほどに自然に、精神への縛りが行われている。 幾度かボロを出す場面もあったが、お互いの助け舟によって乗り越えた。 見えないところの洗脳というのは、真似るのがとても大変なのだ。 ふとしたところに縛りがあり、うっかり口を滑らせれば「地下行く?」と遊びに誘うような感覚で声をかけられる。 これから行く場所は、このエンセライルの中心といっても良い神殿。 失敗すれば地下送りでは済まないだろう。 そしてカルシン曰く、大司教はスャムのことを知っている。それならば尚更見つかるわけにはいかない。 仕事柄たくさんの恨みを買っているスャムにとって、最も恐るべきは復讐。 人間の原動力は憎しみなのだから。 「準備、できたぞ」 「おし。じゃ、いくかー」 民衆に紛れるための普段着を身にまとい、砂よけの布を顔にまく。 カルシンの特徴的な目は隠しようがないので、盲目という設定で終始杖をついてもらう事になった。 この世界では、空色の目はとても珍しい。 大抵はスャムのような鳶茶色(とびちゃいろ)やアウルオンのような白茶(しらちゃ)、真焔帝国の人々のような真紅の瞳が主流だ。 加えて少し色素の薄い、ともすれば金色ともとれる髪と、整った容姿はどうあがいても人目をひく。 準備中に投げかけられた、お前すぐばれそうだな、というスャムの言葉に、カルシンは複雑そうに頷いたのだった。 今日も空は快晴である。 〇〇〇〇
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