お返しはいらない

2/3
前へ
/3ページ
次へ
 今日も、昼食をとると、出かけていった。商店街で週末やるイベントの準備だそうだ。 「……買い物でも行こうかな」  立ち上がったとき、玄関のチャイムが鳴った。 「これ、お土産」  お隣の奥さんがそう言って正方形の箱をくれた。 「ありが」  とう、と言いかけてやめる。  正方形の箱の中はチョコレートのように小さな枠に区切られているものの、入っているのは小さな綿、綿、綿……。  山陰にカニを食べに行き、立ち寄った先で手に入れたらしい。  奥さんは綿から数粒の種を取り出して見せると、「5月に植えて9月に収穫できるから! ずーっと綿が獲れるのよ。町内に綿づくりが広がったらすごくない?」と鼻息が荒い。  お隣さんがいなくなってから、教わった通りに種を取り出してみた。  意外と難しいけれど、ほわほわとした綿の手触りは気持ちいい。夢中で作業をしていたら、こんもりした綿の塊ができた。 「なんだ、それ」  帰宅した夫が困惑した顔で私を見る。 「お隣さんがくれたの。綿を育ててみないかって」 「ああ、そう……」  いつもなら、私の話などロクに聞かず、洗面所へ行ってしまう夫が突っ立ったままだ。 「どうかしたの?」 「……いや、これ」  商店街の名前付きのエコバッグから夫が取り出したのは、真っ白でフワフワの綿、ではなく――。     
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加