俺たちのホワイトデー

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***** だんだん日が長くなってきたからか、この時間でもまだうっすらと明るい。 平日の夜ということもあって、カフェの店内には空席が目立っていた。 入り口を潜ってすぐ、黒いカフェエプロンをつけたウェイターが駆け寄ってくる。 「いらっしゃいませ」 「予約した佐藤です」 「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」 案内されたのは、店の一番奥のテーブル席だった。 椅子がそれぞれ一人がけのソファになっていて、見るからに座り心地が良さそうだ。 ウェイターはテーブルの上に乗っていた『予約席』と書かれたプレートを取り、一礼して戻っていった。 「注文しなくていいのか?」 理人さんが、メニューを探してキョロキョロする。 俺は少し笑ってから、ゆっくりと上着を脱いだ。 「予約した時にもう伝えてあるので、すぐ持ってきてもらえると思います」 「ふぅん?」 理人さんがソファにゆったりと背を預けた……と同時に、すぐに人の気配が近づいてくる。 「クリームソーダおふたつ、お持ちいたしました」 コトリ、と上品な音を立てて、それが木のテーブルに置かれた。 続いて同じものが俺の目の前にも置かれる。 いや、厳密に言うと俺のは少しだけ、違うんだけれど。 「ごゆっくりどうぞ」 ウェイターが浅いお辞儀をして去っていっても、理人さんはジッとグラスを睨んだまま動かない。 「理人さん?」 理人さんの長い指がゆっくりと動き、ドーム型のバニラアイスにちょこんと乗ったさくらんぼを指差した。 「これ……俺のだけ、双子のさくらんぼ」 まるで、幽霊でも見てしまったかように声がかすれている。 「佐藤くんが、頼んでくれたの……?」 「はい」 俺が頷くと、理人さんの唇がふるりと震えた。 正確には席を予約した時に、もしもあったら取っておいてほしい、と頼んだだけだけれど。 「大事な理人さんの誕生日だから、今夜は理人さんが好きなものを一緒に食べたいと思ったんです」 「……」 「でもさすがに夕飯これだけじゃアレですから、ほかになにか頼みますか?」 「……」 「理人さん?」 「……い」 「え?」 「キスしたい」 「いいですよ」 「……」 「プッ、冗談です」 俺は理人さんの左手に、自分の右手をそっと重ねた。 ピクリと強張った理人さんの指が、俺の手に絡みついてくる。 ぎゅっと握り合った手を見下ろしていた理人さんが、ふと微笑(わら)った。
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