妻はクマ

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祖父①  おのしま高原に行ってから、三春と私は微妙な感じになってしまい、三春の口数は減り、私も積極的に三春と話さなくなった。そんな最中、母親から電話がきた。電話の内容は病院に入院していた祖父が退院となり、入所していた近所の老人ホームに戻るから顔を出しに行くようにと言うことだった。 矢吹「あ、うん。そっか、分かった」 私は三春の目を気にしながら、よそよそしく話をした。 三春「どこかいくの?」 三春は何かを察したように話しかけてきたので、私はちょっと知り合いに会ってくると言い、外出した。言えるはずがない。三春の親を殺して、三春をも殺そうとした祖父に会いに行くなんて。  特別養護老人ホーム 優らいずの里 祖父は23年前に山木田村を出たのを機に猟友会を引退し、市内に平屋の1軒家を建て1人で住んでいた。早くに妻を亡くしていたので、家事全般も全て自分でやり、小学生の見守り隊をしたり、庭いじりをしたりと元気に過ごしていた。しかし、徐々に足腰が弱くなり、3年ほど前から認知症になりはじめ、しだいにベッド上で過ごすようになり、そこから今の寝たきり頑固爺さんが完成するのには1年もかからなかった。しっかり者だった祖父が、あっという間に誰かの手を借りないと何もできない、まして家族のことすら分からない別人のような人になるとは思わなかった。 祖父はベッドに横になり、ジーっと天井を見ていた。 矢吹「爺ちゃん、おかえり。体調は大丈夫かい?」 祖父「これはこれは稔さん御無沙汰しでいますね。高梨村にも熊が出だみたいですな」 もう孫すらも分からなくなってしまった祖父に向ける私の顔は、憐みを含んでいたに違いない。祖父は何かを察し、スッと横を向いた。しばらく隣にいたが、何を話すでもなく、祖父に「また来るよ」と伝え、施設をあとにした。
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