海士坂 司

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ここにいるのは、黒川のような明瞭な加害者ではないのだ。  ――冷静でなければ。  正面に向き直る。 そして目を疑った。  全員が、司を見ていた。  ずらりと並ぶ六体のうち、四体には特徴があった。 どの人形も顔に生皮をかぶっている。 張りを失った肉仮面からはアスカのときと同じ臓物の臭いがした。 あるいは腐敗しつつある脂肪細胞の臭いなのかもしれない。  生川をかぶった男の人形は三体あった。 光を当てて順繰りに見る。 乾きかけてくすんだ肌もあれば、新鮮ながらも穴だらけのものもあった。 どちらも探していたものではない。  三体目の人形を見た瞬間、司はすぐに分かった。 「……聖一」  立ち姿はよく似ているけれど、やはり本物とは違った。 黒ではなく灰色の髪に、一回り小さな体躯、足もいささか短い。 それでもこの肌は聖一だった。 司と同じものでできていた、たったひとりの兄弟だ。  いとも容易く涙がこぼれる。 心を折るには充分だった。  聖一が何をしたのか。 父親譲りの優しさから少女を助けただけの弟が。 誘拐事件の罪悪感から心を閉ざし、誰とも交わろうとせずひっそりと暮らしてきた彼が。  ちゃんと話し合えていれば良かったのかもしれない。 いっそ責め立てた方が救えたのかも。 しかし今さら何を思おうと遅かった。     
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