海士坂 司

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裂け目からあふれたのは羽虫の群れだ。 しかし次の瞬間には焼け、縮れて、黒い粉となる。  ――アアアアアアアアアアアア。  女の声がまとわりつく。 司は腹部を押さえて起き上がり、炎の瘤を内壁に打ち付ける。 ついに頭は叩き落された。 万力のようだった口がうつろに開いている。 なめらかだった肌は爛れ、赤黒く粟立っていた。  枯れた花が煙を吹き、鮮やかな光を纏う。  整わない呼吸のまま、対の棺桶に横たわる女を見やる。 母の人生をなぞり、因果な恋をし、自分を侵食されながらも、母の手を振りほどけずにいた彼女。 顔も心臓も奪われた紗雪に、本当の生はあったのだろうか。 「……そんな」  ふたつの棺に愕然とする。  どんなことをしてでもと峰子は言った。 幸せのために、司が伴侶を得る前に式を挙げるのだと。 司は既婚者である父の代わりに選ばれ、この棺に収まるはずだった。 峰子が愛した男の面影を残す息子を、父親と同一視した。  だとしたら紗雪は。 これが人形婚ならば、彼女の役割(●●)は何だったのか。 「こんなことのために……」  あまりの非道さに目がくらむ。  指すところはひとつしかない。 「……紗雪ちゃんは、お前の人形(●●)じゃない!」  新婦の棺が、諦めたように燃え始めた。
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