海士坂 聖一

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海士坂 聖一

 雨は嘘のように止んでいた。  空には半分に掛けた月が佇んでいる。  来たときよりも肌寒い。 けれど、じきに屋根はオレンジ色に染まるだろう。 そのころには暖かくなる。 それとも、呼んでおいた警察が来るのが先だろうか。  あのあと、コトリの戒めを解いて玄関を目指した。 扉の前にいた聖一を抱えて三人で外に出た。 ドアは、あまりにもあっさりと開いた。  コトリは通報を終えると、すぐに車のバックドアを開いて後部座席を倒した。 積んであった毛布を敷き、場を整える。 約束されていた儀式のように、二人とも一言も話さない。 不思議と意思は伝わっていた。 司たちは聖一を運び入れ、丁寧に寝かせる。 死後硬直が始まっていた。  バックドアを開け放したまま、ラゲッジスペースに座る。  司はぼんやりと月を眺めていた。 それなりの距離を保ち、隣にコトリが座る。 「……ありがとう」  彼女が言った。 何かを話さなければいけないと考えたのだろう。 強い人だと司は思った。 こんな状況にあっても他者を気遣える。 そしてそれは聖一も同じだった。 「何が」 「全部終わらせてくれたんでしょ」  わずかな間が空いた。 何を言われたのか分からなかったからだ。     
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