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妙法寺-2
金曜日の夕方だ。
私が学校から帰ってくると、珍しく母が出かけていた。
どうしたのだろうと思いながら自室で本を読んでいると、数十分後に帰ってきた。
なぜか一人の少年を連れて。
「……司くん」
信じられなかった。
「紗雪、このあいだ話してたでしょ」
言いながら、母は玄関から首を出して外の様子を確認する。
しっかりと司の手首を握ったままドアを閉め、鍵を掛けた。
「困っているところをこの子に助けていただいたって。ねえ」
頬のこけた顔で母が笑う。
腰まである長い髪を一つにくくり、ぴったりとしたニットワンピースを着ていた。
その横では、司がきょとんとした顔をしている。
「嬉しかったでしょう。お母さんも似た経験があるから分かるけど、とても素晴らしい少年だわ。ハンカチまで貸してもらったんですってね。ぜひともお礼をしなきゃあ」
「……でも」
「お茶を用意するから、先にお部屋にご案内して。ほらほら」
母が有無を言わさず私たちの背を押す。
階段を上って自分の部屋の前まで来ると、いそいそと一階へ戻っていった。
二人きりになり、室内は静寂に包まれる。
うつむいたまま何も言えなかった。
母の行動が普通ではないことは分かっている。
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