まだ乾いていない抜け殻をこの肌から剥がすように

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「親には?」 「言えない。私、両親嫌いじゃないですし。結構苦労して育ててくれてるの分かってるんで、だから、なんて言うか――」  頭の中から、あまり多くない語彙を探り、結局、ごく単純な表現に行きつく。 「――あの二人を、いじめられっ子の親にしたくない。可哀想じゃないですか、ね」  青樹先生が身じろぎしたのが、俯いている視界の端で分かった。  すると、殺風景な化学準備室の中に、異質な黄色が、先生のポケットから現れた。有名なお菓子の小箱だ。 「……先生、何でキャラメルなんて持ってるんですか」 「一応名目は頭脳労働者だからだ。だが、教師というのは体力勝負になる局面も多いので、どちらにせよ重宝する」  銀色の紙に包まれた小さな直方体が差し出され、私もついと手を出した。中身を取り出し、口に入れる。  懐かしい甘さが口に広がった。久し振りに食べると、やたらとおいしく感じる。強張っていた顎の骨が、関節から緩んでいくようだった。 「甘いだろう」 「そりゃ、甘いですよ。……そして何だか、猛烈に喉が渇いてきました。キャラメルってこんな感じでしたっけ」 「少し待っていろ」  先生は奥の方に行くと、そこにあったポットから、どこからか取り出したマグにお湯を注いだ。 「僕一人の時はせいぜい白湯だけどな」  そう言って差し出してきたマグには、ティーバッグが沈んでいた。その紐の先を先生がくいくいと引いてから、ポケットから取り出したメモ用紙を折り、それをトレイ代わりにしてティーバッグの出し殻を置く。 「先生、そういうのおじさんくさい」 「これはこれでコツがいるんだぞ」 「……会話が噛み合いませんね」 「生徒と教師だからな」 「先生の授業、古典いつもつまらないです」 「それは本当に申し訳ない。努力しよう」  頭を下げる先生に、噛み合ったじゃないですか、と私は少し笑った。厚めのマグの中のダージリンをすする。少し安っぽくて、でも――温かい。
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