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「腹具合はどうだ?」
「どうって言われても」
「小腹が空いている時間だろう。菓子と水分を取ると、空腹が強調されないか?」
「そう言われると、それは。……まさか、カップラーメンとかあるんですか」
「いいや。冷凍食品の炒飯だ。レンジもそこにある」
「もしかして、ここに先生が来た理由って」
「みなまで言うな。さ、支度といくか」
私は先生と並んで、部屋の隅にある水道で手を洗った。
先生の手の甲に浮いた血管を、水流と水滴が絡み合いながらなぞっていくのを見た。そしてなぜか、先生が奥さんと死別したという噂を思い出して、変な気分になった。変としか――言いようのない気分になった。
キャラメルを食べた。喉が渇いた。紅茶を飲んだ。お腹が空いた。手を洗って、これから間食をする。
さっきまで、腫れた頬と冷たい机の間で止まっていた私の時間が、坂を転がるスポンジ玉のように、急に動き出した。
先生は私に、言外に何かを言いたいのかもしれない、とその時気付いた。
思わず、先生の顔を見上げる。
目が合った。私の気付きに、きっと、その時先生も気付いた。
「対処するよ」
先生の目は、私の腫れた頬を見ている。そのまま、出しっぱなしになっていた私の前の蛇口を、穏やかに閉めた。
私は、セミロングの髪を寄せるようにして、頬を隠した。顔を見るなら、本来の状態で見て欲しかった。
窓から差し込む光は、黄昏色に染まっている。
先生が背を向け、棚の奥に隠しているらしい食器を二人分取り出すのを、私は目を離すことができずに、ただ見つめていた。
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