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「まあ、確かめるまでもないがね」
緩やかな風に頬を冷やされながら、そう言われて、いつの間にか伏せていた私は顔を上げた。
「と、言いますと」
「君はそんな風に命を利用したりしないし、仮に今の状況で本当に妊娠していたら――……誰にも言わない。そんな気がするよ」
ちりんちりん。
「私――」
「うん」
「私、どうしたらいいですか。好きです、先生。もう卒業もしました。生徒じゃありません。ずっと好きです。今まで何度も言いましたけど、ずっと同じ気持ちです。知らなかったんです、人を好きな気持ちって、こんな風に――なってしまうものなんだって。ただ、先生の隣にいたいだけなのに。昔はもっと、純粋で澄んでいたはずなんです。今は……こんなになってしまった。汚い。汚いです」
「悪いのは僕だ。君に瑕疵があるわけじゃない。君の感情を汚れていると思ったこともないよ。ただ、……駄目だというだけだ」
「私は、これからもっと歳を取ります。今駄目なら、これからだって……。そのうちに、先生に好きな人ができたらどうしよう。そうして怯えながら生きていくのが、凄く怖いです」
泣いてはいけない、と思った。それなのに勝手に涙がこぼれた。
「如月。僕は、君に――」
先生がそう言いかけた時、庭とは反対側のふすまが、ぱしんと開いた。
そこには、先生の息子さん――名前がとっさに出てこないが、確か、タケシだかタカシだか――が立っている。肉に埋もれた首の横で、丸くぶよぶよした肩をいからせていた。
「何だ、今の話は。おい、麻衣花」
いきなり呼ばれて、戸惑った。先生の前で、別の男の人に、下の名前で呼ばれるのがとても嫌だった。
嫌悪感が表情に出てしまったのだろう。彼は私に、「何だその顔は」と言いながら近づいてくる。私は腰を浮かせた。
「やめろ、隆」
先生が立ち上がる。それよりも早く、隆――隆だった――が私を突き飛ばした。
立ち上がりかけていた私は、縁側までよろめいた。
「お前、何のつもりだよ。俺を騙して、どういう……」
なおも迫りくる隆を前に、私はつい、そこにあった剪定鋏を拾い上げて構えた。
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