3953人が本棚に入れています
本棚に追加
「そういえば、麻衣。あれからどうだ?」
ジョッキ半分のビールを胃に溜めて、陸が聞いた。
「一度打ち合わせで会ったけど、何も言われなかった」と、麻衣。
「ホント、助かったよ」
「何の話だ?」と、大和が聞いた。
「それがさ――」
失礼します、と声が聞こえて、襖が開く。店員が料理を運んできた。
大根サラダとシーザーサラダ、焼き鳥のアラカルトと、チーズの盛り合わせ、フライドポテトと鶏の唐揚げ、たこわさ、エイヒレ……。
ひとまず、テーブルいっぱいに皿が並んだ。
陸がビールを注文する。
私とあきらはサラダを取り分けて麻衣とさなえに回し、麻衣とさなえは揚げ物を取り分けて回してくれた。
「――で? 麻衣がなんだって?」と、大和が途中になった話の続きを催促した。
「顧客に誘われて陸のホテルで食事したの」
麻衣が答えた。
「ちょっとしつこかったから、陸に助けてもらったってだけ」
「陸のホテルって高級いだろ!? そりゃ、男は期待するわ」
「金持ってんのねー」と、私は大根を噛みながら言った。
「好みじゃなかったの?」
「なんか……嫌な予感はしてたんだよね」と、麻衣が空笑いをした。
「もしかして、また?」
「……」
「麻衣ちゃん、何もされなかった!?」と、さなえが心配そうに聞く。
「大丈夫。レストランを出たところで陸に助けてもらったから」
「――ってか、なんでホテルで食事なんかしたのよ。下心ありありじゃない」
「人目があるし……。陸のホテルだったから、大丈夫かなと思って」
麻衣が、えへへ、と笑う。
「いや、大丈夫じゃないだろ」と、大和。
「そうだぞ。俺がいない時だったらどうすんだよ」
「そうなんだけどね?」
「なんかあったの?」と、あきらが聞いた。
「麻衣がそんなあからさまな誘いに乗るなんて、珍しいね」
「……後輩の……挑発に乗っちゃった感じ?」
「後輩?」
「前に言ってた、教育係してやってる奴?」
「そ。生意気なこと言うから、つい……」
「つい、じゃねーだろ。そんな挑発に乗って何かあっても自己責任だぞ」と、陸がきつめに言った。
陸と麻衣は同じ年だからか、大学時代から特別仲がいい。
陸は男運の悪い麻衣を特別心配しているし、麻衣も陸を信頼している。
いつか恋愛関係に発展するのではと思っていたけれど、そうならないまま陸は結婚した。
「とにかく! あの男とはもう会うなよ? ここだけの話、あいつはうちの常連だけど、女はいつも違うし、プロを呼んでることもあるらしい」
「プロ?」と、麻衣が聞いた。
「デリヘル嬢とか?」と、あきらも聞く。
「らしい」
「うわ、最低!」と、さなえ。
「麻衣、ダメだよ。二人きりになっちゃ」と、私。
「うん……」
麻衣が伏目がちに言った。
麻衣は容姿にコンプレックスを持っている。
童顔で背が低く、ぽっちゃり体形で、胸が大きい。初対面では、まず十歳は若く見られる。
そのせいで、大学時代から痴漢されたり、告白されて付き合った男に変態的なプレイを要求されたりして、怖い思いをしてきた。
男の視線が胸に集中するのが嫌で、襟の開いた服は着ない。一人で夜道は歩かない。防犯ブザーや催涙スプレーは必需品。
最初のコメントを投稿しよう!