3.仮面夫婦

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 一年半前までは貞淑な妻よろしく、俺の脱いだ服をハンバーにかけてくれていた美幸は、窓の外を眺めたまま指一本動かそうとしない。  別居までの二年半が演技だったと思うと、女性不信になりかけた。ならなかったのは、千尋のおかげだ。 「家を出たのはあなたよ。それに、理由はどうあれ、あなただって別居生活を楽しんでるじゃない」 「ふざけるな。あんな状態で一緒に暮らせるわけがないだろう。お前があの場で離婚届に判を押していたら、今頃は――」 「再婚してた?」  再婚――?  そうだ。  俺は、一刻も早く美幸と離婚して、千尋と再婚したい。  セックスの後で叩き起こされることなく、毎晩千尋を抱き締めて眠り、抱き締めたまま目覚めたい。  だが――――。 『私たちの関係は、比呂が奥さんと別れるまで』  千尋の言葉を思い出す。 『比呂のことは好きよ。薬指に指輪をしている限りはね』  くそっ――! 「お前に騙されて、再婚なんて考えられるかよ」  俺は、心にもないことを言った。 「けど、この一年間は離婚をせっついてこないじゃない。この状況を理解してくれる女がいるんでしょ? なら、このままでもいいじゃない」 「電話もメッセージも無視(シカト)してるのはお前だろ。大体、なんで離婚を拒むのか――」 「その話は後にして。式が始まる!」  美幸は立ち上がり、そそくさとバスルームに向かった。鏡の前で最終チェックでもするのだろう。俺はネクタイを締め、ジャケットを羽織り、ベッドの上のスマホを手に取った。  当たり前だが、千尋からの着信もメッセージもない。――というか、これまでもない。  連絡するのはいつも、俺から。 「さ! 行くわよ」  部屋を出た瞬間、美幸の表情が変わった。  夫を裏切った悪魔のような女から、夫に寄り添い穏やかに微笑む妻へ。  千尋の声が聞きたい。  裏表のない、千尋の本音が聞きたい。
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