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「は?」
ようやく美幸がスマホから目を離した。
「誰でも良かったわけじゃないわ。結構好きだったのよ? 比呂のこと」
「『結構』好き『だった』ねぇ。そんな風に言われて、喜ぶ男がいると思うか? 少なくとも、俺はお前とのセックスなんて微塵も思い出せないけどな」
「やっぱり、忘れさせてくれる女性がいるんだ」
スマホをベッドに置き去りにして、美幸が立ち上がった。
行動は予測できる。
俺を懐柔して、婚姻関係を継続させようというのだろう。
美幸の目がそう言っている。
案の定、美幸は俺の足の間に膝をつき、肩に手をのせた。
美幸の長く真っ直ぐな髪が頬に触れた。
千尋の髪は肩までの長さで、少し畝っている。俺は可愛いと思うが、千尋は毎朝ヘアアイロンで真っ直ぐにしていた。だから、知っているのは俺だけ。
千尋の髪が畝っているのも、その畝りは柔らかく、俺の指に優しく絡むのも。
知っているのは、俺だけ。
千尋を抱き締めたい。
俺は美幸の手を払い除けた。
「お前の不倫相手は、お前が他の男に抱かれてもなんとも思わないような男なのか?」
「あなたの相手は? 別居中とはいえ、あなたが妻とホテルの同じ部屋に泊まると聞いても、笑顔で送り出してくれたの?」
美味い冷麺を連想させただけ、なんて言えるか――!
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