3.仮面夫婦

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「俺、指輪してるぞ」 『え?』 「指輪をしてる間は、俺の事好きなんだよな?」  自分で言って、惨めだ。  だが、そうでも言わなきゃ、千尋は素直にならない。『愛人』という鎧を脱ごうとはしないから。 『好きよ。奥さんを抱いたらムスコを再起不能にしてやりたいと思うくらいには』 「おっかねぇな」 『今頃気づいたの?』  千尋がクスクス笑っている。  ああ、顔が見たい。 「千尋、好きだよ」 『比呂』 「どうしたら、お前の本音を聞けるんだろうな」 『比呂、酔ってるの?』  ゴソゴソッと布が擦れるような音が聞こえた。千尋がベッドに入ったのだと、わかった。 「酔いたい、気分だよ」  千尋のベッドに帰りたい。 『早く寝なよ』 「なぁ、好きだって言えよ」  少しくすんだ白い天井の見ながら、言った。 「嘘でもいいから」 『ホント、どうしたの?』  理想の妻だと思って結婚した女には手酷く裏切られ、理想の愛人だと思っていた女こそ妻に相応しかった。  妻は離婚を拒み、愛人は結婚を拒む。  俺は現在(いま)の立ち位置から、一歩も動けない。  情けなくて涙が出る。 『好きよ、比呂』  涙が引っ込んだ。 『好きよ』  代わりに、嬉し涙が出そうだ。少し、滲んだ。天井が歪む。 「やべ、勃った」 『はぁ?』 「テレホンセックスってしたことある? テレビ電話にしたら――」  ブツッと一方的に通話が終了した。  すぐにメッセージが届いた。 『ぴょん〇ょん亭の冷麺買って来て』  俺はウサギが投げキッスをしているスタンプを送った。  千尋からは、無表情のくまのスタンプ。それから、布団に入って眠るくまのスタンプ。  俺はウサギが『おやすみ』と手を振っているスタンプを送った。  千尋の『好きよ』って声が、頭の中で反芻する。  千尋は、嘘はつかない。  俺に期待を持たせるようなことも、言わない。  その千尋が『好き』と言った。  それだけで、今夜はいい夢を見られそうだった。
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