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この一年で、比呂は私の扱いに慣れた。どういう状況で、どう言われたら、私が素直になるかを知った。
「好きよ。奥さんを抱いたらムスコを再起不能にしてやりたいと思うくらいには」
『おっかねぇな』
「今頃気づいたの?」と、私はクスクスと笑った。
けれど、冗談を言ったわけではない。
比呂が奥さんに会うと聞いて、しかも、家族の前で『夫婦』でいなければならないと聞いて、正直ムッとした。
顔も知らない『妻』と言う名の女が、比呂の腕の中にいる姿を、想像しなかったわけじゃない。
けれど、そんなこと、認められるはずがない。
いつの世も、愛人が妻を羨むと、悲劇が生まれる。
『千尋、好きだよ』
「比呂」
『どうしたら、お前の本音を聞けるんだろうな』
「比呂、酔ってるの?」
誤魔化した。
ベッドに上がり、布団を引っ張る。
『酔いたい、気分だよ』
一人のベッドは、冷たい。
「早く寝なよ」
『なぁ、好きだって言えよ』
言いたい。けど、言えない。
『嘘でもいいから』
「ホント、どうしたの?」
今日は、やけに声が寂し気で、少ししつこい。
比呂と奥さんの事は知らないことばかりだけれど、比呂のことはわかる。きっと、奥さんより。
少なくとも、比呂が、今、本当に私の言葉を求めていることは、わかる。
「好きよ、比呂」
顔を見ては、言えない。
「好きよ」
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