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5.惑い
ホテルを出た時には、お腹が一杯で晩ご飯は食べられないと思ったのに、家に着く頃にはお腹が空き始めていた。
最寄り駅に着き、スマホを見る。着信もメッセージもない。ショップのメールが二通、届いていただけ。
スーパーの前で立ち止まり、けれど、中には入らなかった。
カップ麺、あったっけ……。
明日の朝食べるパンやシリアルがあることはわかっていた。
私は真っ直ぐ家に帰った。
マンションのエレベーターを降りると、部屋の前に影が見えて、少し怖くなった。大きなごみ袋が置かれているような、影。薄明りの中で目を凝らすと、影が動いたのがわかった。
「お帰り」
影が言葉を発し、縦に大きく伸びた。
「何してるの?」
「お前を待ってたに決まってるだろ」
影――比呂が、手に持っている紙袋を少し持ち上げて見せた。
「冷麺、食おうぜ」
本物だ、と思った。
いつも、来ても私がいなかったら、電話かメッセージで知らせてくる。今日はそれがなかった。
だから、一瞬、会いたいと願う気持ちが見せた幻覚かと思った。
もちろん、そんなことは教えてやらないけど。
「食べて来なかったの?」と聞きながら、私は鍵を開けた。
「奥さんと」
「お前が奥さんなら、一緒に食ったろうな」
耳元で囁かれ、ドキッとした。
けれど、私はその言葉を無視した。
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