5.惑い

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「キムチ、あったっけ……」 「一緒に入ってる」  袋を受け取って中を見ると、箱に入った冷麺の他に、小さな保冷バッグも入っていた。中にはキムチときゅうり。 「この鍋でいいか?」  比呂がシンク下の引き出しを開け、両手鍋を取り出す。 「比呂?」 「俺だって、麺を茹でるくらいできる」  私の部屋に来るようになって、比呂がキッチンに立つのは初めて。私が立ち入らせないようにしていたせいもあるけれど。  昨夜の電話といい、久し振りに会った奥さんと何かあったのかもしれない。  だとしても、私からそれを聞くつもりはない。  私は食器棚からラーメン丼を二つ、カウンターの上に置いた。それから、きゅうりを切る。  比呂は箱から麺やタレを出している。  こんなの、なんだか――。 「夫婦みたい、だな?」  私が思うより先に、比呂が言葉にした。  同じことを考えたことが、無性に恥ずかしい。 「そ? 夫婦がどんなものか知らないから、わからない」  私は目も合わせず、切ったきゅうりを皿にのせた。 「お前の両親は?」 「さあ?」 「は?」 「ほら! お湯、噴いてる」
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