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少し潔癖気味で、他人の視線に過剰反応し、肩がぶつかるだけで青ざめる。
確かに、背が低くてぽっちゃりしていて、胸が大きくて童顔なんて、好きな男は多いだろうけれど、そうは言ってもアラサーなんだし、自意識過剰なのではと思っていた。
そうではないとわかるのは、割とすぐの事だったが。
視察に赴いた先での、男たちの舐め回すような視線に気づいた時にはぞっとした。電車では正面に座った男が息を荒くしていた。駅ではすれ違いざまに身体を触る男までいた。
麻衣さんは、俺には何も言わなかった。
けれど、残業帰りに麻衣さんがバッグの中の防犯ブザーと催涙スプレーをジャケットのポケットに入れるのを見て、じっとしていられなかった。
最寄り駅が近いからと嘘をつき、家のすぐ近くまで送った。
所長から、麻衣さんが痴漢に襲われそうになったことがあると聞き、残業した時は必ず送るようにした。
ボーナスが入ると、実家を出て、麻衣さんの隣駅で一人暮らしを始めた。麻衣さんを送って、そのまま徒歩で帰れるようになった。
ストーカー行為ではないかと心配にもなったけれど、麻衣さんが防犯ブザーをバッグから出さなくなったから、良しとした。
『本当に麻衣ちゃんが好きなら、慎重にね』
一年ほど前、明子さんに言われた。
『麻衣ちゃん、前の彼氏に鞭を持たされたことがあるんだって』
『鞭!?』
『そ。自分を好きになる男は変態だけだ、って酔って愚痴ってたことがあるのよ』
麻衣さんが鞭……。
思わず、想像してしまった。
『だから! 鶴本くんも変態だと思われないように、慎重にね』
しっかり釘を刺されてしまい、俺は麻衣さんに気持ちを伝えられなくなってしまった。
知り合って三年。
俺は本気で麻衣さんを好きになっていた。
だから、彼女に結婚願望があり、結婚相手を探していると聞いて、行動を起こす時だと思った。
独り立ちして、バリバリ仕事をして、麻衣さんに男として見てもらいたい。
かなり短絡的な考えではあるけれど、まずは第一歩。
『頼りない後輩』からの脱却だ!
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