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「結婚相談所!?」
明子さんの声に、ざわついた部屋が静まり返った。
隣に座っていた麻衣さんが唇の前で人差し指を立てて、シーッと言ったけれど、遅かった。
「麻衣ちゃん、婚活するの!?」
俺と仕事の話をしていた仁美さんが、即座に反応した。
「あ、いえ――」
「仕事に不満があるのかい? 言ってくれたら――」と、楠所長が心配そうに言う。
「そうじゃないんです!」
麻衣さんが慌てて否定する。
「仕事に不満なんてありません。ただ、どんな感じか……なぁ……なんて……?」
「失礼します!」
元気な声がして、部屋の扉がスライドした。大学生らしい若者が入って来る。
「生四つと、カシスサワー、レモンサワーお持ちしました」
みんなが手元のジョッキやグラスを飲み干し、冷えたものと交換する。
「串アラカルトとオニオンリングです」
若者の背後から、これまた大学生らしい女性店員が顔を覗かせた。入り口のすぐそばに座っていた俺は立ち上がり、彼女から料理の皿を受け取った。
「ありがとうございます」
お礼を言われた時、じっと見られた気がした。
「ごゆっくりどーぞ」
来た時同様、トレイいっぱいに空のジョッキを載せて、若者が扉を閉めた。
明子さんが揚げたてのオニオンリングを、自分の皿に取る。
「――で?」と、仁美さんがジョッキ片手に麻衣さんを見た。
「はい?」
カシスサワーのグラスに口をつけようとした麻衣さんが、一旦飲むのをやめる。
「結婚相談所! 登録するの!?」
「まだ決めてないです」
「結婚したら、仕事辞めるのかい?」と、小野寺さんが口に泡をつけて聞いた。
おしぼりで口を拭う。
「え? あ、どうでしょう?」と、麻衣さんが苦笑いする。
俺は、言葉がなかった。出なかった。
麻衣さんが結婚したいと思っていることは知っていたけれど、まさか本格的な婚活を始めるつもりだったとは。
「麻衣ちゃんが辞めたら、寂しいなぁ」と、所長が肩を落とす。
「いえ、所長! 婚活したからって、すぐに相手が見つかるとは限らないですから」
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