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「えっ!?」
マジで?
全く気が付かなかった。
別に、意外な組み合わせというわけでもないが、意外だった。
「もう、三年になるかな」
「知りませんでした……」
「二人とも、事務所内では仕事以外、話もしないから」と言って、麻衣さんがザンギを口に入れた。
「けど、隠してるわけでもないんだよ」
「はぁ」
俺はラーメンサラダをすすった。最後になると、ゴマダレがよく絡んでいて美味い。
「仁美さん、結婚したいんですね」
「子供、欲しいんだって」
酔った風に見えた明子さんが、麻衣さんの腕を離してジョッキを持った。
「そうか……」
俺はボタンを押して店員を呼んだ。
「小野さん、ツラいだろうな」と言って、所長がジョッキを空にした。
所長と小野寺さんは所長が独立する前の職場からの付き合い。所長だけが小野寺さんを『小野さん』と呼ぶ。
「小野寺さんは子供、欲しくないんですか?」と、明子さんが聞いた。
「どうかな。ただ、年齢的には勇気がいるだろうね。孫ほど年の離れた子供を育てていくのは」
「娘さんておいくつなんですか?」
俺は空の皿やジョッキを扉の横に並べながら聞いた。
小野寺さんと仁美さんは、なかなか戻って来ない。
「下の娘さんが来年、大学卒業だよ。それだけ年の離れた兄弟が出来るとなると、娘さんたちの反応も心配だろうね」
また元気な声がして、扉の向こうから若者が現れた。俺は生を四つと、卵雑炊を注文した。
所長が「あ、僕も」と言った。
麻衣さんはスクリュードライバーを注文した。
「あの二人、別れますかね」と、明子さんが言った。
「それは、嫌だなぁ」と、所長。
「折角、小野さんに遅めの春が訪れたんだから、幸せになって欲しいなぁ」
「けど、小野寺さんが仁美さんの望むものをあげられないなら、幸せではないですよね」
「光川くんは厳しいなぁ」
穏やかな笑顔と口調だが、所長の目だけは穏やかではなかった。
「別れて欲しいの?」
「そんなわけないじゃないですか!」と、明子さんが興奮気味に言った。
「結婚をお勧めはしませんけど、幸せを壊したいなんて思ってませんよ」
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