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ヘリットの家の暮らし向きは、裕福からはほど遠いものだった。ヘリットの父親は靴職人で、市場で仕入れた動物の皮で靴を作っては、家の軒先に作った簡素な店棚に並べて売っていた。だが、皮の原価が高いのと、木底でできた靴が流行し始めたのとで、稼ぎはいまいちパッとしない。
母親は丘の先にある貴族の家に洗濯女として雇われ、手にあか切れを作りながら、ささやかな金を稼いでいたが、二人の稼ぎをあわせても、やっと日々のパンが買えるほどの額にしかならず、生活は一向に楽にはならなかった。
ヘリットは、父が使い古した靴を磨くためのなめし布と革袋を持って毎日町へと走った。そして、身なりの良い貴族を見つけては、こう声をかけるのだ。
「靴を磨かせてもらえませんか。」
上手くいけば駄賃がもらえる。駄賃がもらえれば家計の足しになる。
今日こそはこの袋一杯にお金を貯めて帰ろう。
手に持った革袋には、ヘリットの小さな野心が詰まっていた。
だが、快い返事がもらえるのは何日かおきにほんの数人だけ。悪くすれば、貴族に出会いさえしない日もざらにあった。
日暮れ前の鐘の音が聞こえて、空っぽの革袋を持って帰る道の途中、店じまいをする店の中には、いつもパンを買うパン屋の姿があった。ウインドウの棚には大きくて丸いパンが鍵盤のように並び、それに布を掛ける店主の顔はふくふくとして見えた。
その様子を見るたびに、ヘリットは自分の家の軒先を思い出した。
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