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この店と比べて、俺の家には食べられもしない革靴が鳥に食べ残された果実のようにぽつぽつと並んでいるばかり。
きっとパン屋の店主は、生涯食べ物に困ることはないのだろう。家もせめて、食べられるものを扱う店であったなら。人に売らなくとも空腹の時に棚から下ろして食べることができたろうに。
落とした視線の先、父が作った革靴が身なり不相応に輝いているのが憎らしかった。
十六歳。成人の、独立する歳になっても、ヘリットの彗星はまだ燃え尽きていなかった。ヘリットは迷いなく町のパン屋に弟子入りした。幼い頃からパンを買っていた、あのパン屋だ。父の後を継ごうとは思わなかったし、父もヘリットを止めなかった。
五年間、ヘリットは徒弟としてそこで学んだ。生地の練り方や原料の仕入れ方、商人とのやりとり。
二十三の時、親方と呼んで親しんでいた店主が病で亡くなった。独り身で、身よりもなかった親方の店は、そのままヘリットが継ぐことになった。
二十六のときには、近所に住んでいた三つ年下の娘を嫁に貰い、三十を目前にして息子も生まれた。
順風満帆。満ち足りたとまでは言えないにしても、必要な何かに決定的に欠けることのない生活だった。
しかし、五十路を目前にした近頃。
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