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パンの原料になる黒小麦の仕入れ先として、懇意にしていた商人が、黒小麦の値段を上げ始めた。一時的なものかと思い、様子を見ようとしばらくはパンの売値を上げて耐えていたが、小麦の値段は一向に落ちる気配がない。
どうにか元の値段にしてもらえないだろうか、と、商人に掛け合ってみたがすげなくされ、ならばせめて値段が上がった理由だけでも知りたいと食い下がると、どうやら海の向こうで起こった戦争が関係しているらしいということのみ、渋い顔で教えてくれた。
小麦の値段が上がれば、それを原料にして作るパンの値段も上げざるを得ない。
明日こそは小麦の値段が下がる。そうすれば、店に出すパンの値段も下げられる。まじないのようにそう唱えながら日々を過ごすうち、気がつけば客足は遠のき、パンは売れ残り、売り上げはうんと落ちた。
それでも次の日になればまた新しいパンを焼かなくてはならない。
これまでの売り上げは全て、いつだったかに父から貰った革袋に貯めてあった。靴磨きをしていた時分、町中を一日中駆け回っても集まらなかった金銀は長年の功、今や袋の口元までぎっしり貯まっていた。
それを削るように使って小麦を買う。日を重ねるごとに、口元まであった金は半分に減り、指先が布底をかすめるようになり、一昨日、ついに使い切ってしまった。
それでも小麦の値は依然落ちない。
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風の音しか聞こえない道を、ヘリットは背を丸めながら歩く。
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