夜の灯火

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夜は猫でも豹に見える。 誰の言葉か知らないが、よく言ったものだ。視界がきかない中では、玄関に置かれた植木鉢も、鎧を着た門番に見える。風に揺れる梢は、巨人が振りかざす棍棒のようだ。 ヘリットの耳に、さっき聞いた夜警の歌が蘇った。  (時刻は既に十二時に 火事悪党にご用心) ヘリットは両手をぐっと握りしめた。  ___それでも、生きる道はもうこれしかない。 今、夜道を歩くヘリットの手には木製の麺棒が握られていた。パン生地を伸ばすための道具として買った物で、その長さは五十センチもある。この住宅に挟まれた道を真っ直進んだ先には、隣町へと続く森の入り口があった。  ヘリットはそこへ向かい、そこを通る人を待ち伏せて襲うつもりだった。 自分の財産を食いつぶした上、財を成す手段もないとなれば、残された道は他人から奪うこと以外無い。  ヘリットは過去の自分の考えの甘さを笑ってやりたくなった。 どこの家も困窮していて、明日のパンも保証されない世の中、どうしてパン屋だけ安泰な訳があるだろう。     
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