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そして想像した。もし、パン屋でなかったら?もし、靴屋を継いでいたら?もし、もっと大きな町で店を開いていたら?もし、自分が子どもの頃になめし皮ではなくペンを握り、革袋の代わりにノートの一つでも持っていたなら、他の道が開けただろうか。もし、自分に少しでも知恵があったなら、上手い策を講じることができただろうか。
いや、きっと結果は同じだっただろう。自分が何者であろうと、生きていくのはこのご時世この時代。畢竟いつかは食い詰めて、夜の町に繰り出していたに違いない。
もうすぐそこに、暗闇よりも一層暗い森の入り口が口を開けていた。近くに人の気配はない。
夜特有の湿った空気が背後から頬を撫でる。が、振り返る事はしなかった。
目下の敵は国外情勢ときた。一人では太刀打ちしようがない。
___もう、これしかないのだから。
ヘリットは自分にそう言い聞かせ、その闇に魅せられるように森に足を踏み入れた。
*
しばらく歩いた後、木の根元に身を隠すのに手頃な草原を見つけて、幹を背もたれ代わりにしてしゃがみ込んだ。
森に入ってから進むのは百歩だけと決めていた。そうしておかないと、自分の位置を見失い、気がついたら隣の町に出ていたなんてことになりかねない。
眼前には、隣町まで続く長い道が寝そべっている。道は道でも、獣道だ。往年数多の人に踏まれてできたのであろうそこには、道と呼ぶにはお粗末な、しかし確かに馬車一台が通れるほどの空間があった。だが、至る所から小石や草が突き出していて、移動経路に組み込むには不便極まりない。
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