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しかし、その他の場所には背の高い木々が所せましと群生しているし、町から町へ移動するにはこの森を抜けるほかない。よっぽどの豪傑でも無い限りここを通らざるを得ないだろう。
ヘリットは固く握りしめた麺棒を指でそっと撫でて、辺りをうかがった。自分と同じ企みを持った者が近くに潜んでいる可能性があると思った。
目をつぶる。人どころか、獣の気配すら感じられない。
そのままの体勢で、ヘリットは想像した。
___人が通ったら、まずはこれで足を払う。倒れたところを、今度は頭を狙う。そして、金目の物を奪う。
特殊な武器はいらない。襲われた人からすれば、子どもの腕ほどの太さがある麺棒は、闇の中でその狂気を幾重にも増して見るだろう。
___まずは足。それから頭。
同じ手順を頭の中で何度も繰り返している内に、ヘリットの頬に暖かいものが伝った。
___パンを伸ばすために握った麺棒を、自分は今何に使おうとしているのだろう。
身に余る大望を抱いた覚えはない。自分の店を持ちたいと望んだことすらない。ただ、
自分の口と、家族の口を養うこと。二度とひもじい思いをしないこと。それだけをひたすらに考えて、日々暮らしてきた。
それなのに、これは何の罰だろう。きっと、ここを通る人だって同じ思いを抱いて暮らしている。それがヘリットにはよくわかる。
___しかし、俺はいまからそれを奪うのだ。
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