一章

6/16
前へ
/140ページ
次へ
 それはたしかに恐ろしい。  けれど、多くの人は、きっと、こう思っている。  だけど自分はだいじょうぶだろう。  そう、なんの根拠もなく、本気で考えているのだ。  そして、小鳥遊エリカも、そんな人間の一人だった。  連続殺人鬼。  おそろしくはある。  おそろしくはあるが……エリカにだって、色々考えなければいけない問題が山ほどある。  宿題だってそうだし、今晩の夕食のことも。  それになにより、寝ているときに右眼に映る、あの映像だ。  結局のところ、なんの力もない一般人が、殺人鬼のことをあれこれ考えたところで無駄なのだ。  どんなにおびえても、どんなに警戒しても、殺されるときは殺されるだろうし、なにもしなくても、無事なときは無事だろう。  そーゆーものだ、人生とは。  あとはだから警察にすべてを委ねるほか、ない。  おそらくは多くの人がいたるだろう考えにエリカもいたり、立ち去ろうとした。 「あれは……」  けれどそのとき、意外な人物を目にし、そちらへと近づいた。 「兄さん、なにをされているのです?」  美大に通うエリカの兄、小鳥遊直人だ。  ぼさぼさの髪。よれよれのジーパンに絵具で汚れた白いTシャツというラフな恰好。 「エリカ?  ああ、ちょっとこの先の公園でね、絵を描いていた」  言いながら、画材が入れられているのだろうバッグを掲げて見せる。 「学校帰りか? なら、一緒に帰るか」 「ええ」  ならんで歩きだす。 「兄さん、相談したいことがあるのですが……」  歩きながらそう、エリカは切り出した。
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加