男の浪漫

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 お預けを食らったものの、目の前に佇むのは、しっとりと手に吸い付くようなモチ肌の主。  それを覆い隠す、いや、隠すよりも際立たせる意味合いの方が濃い、サラリと滑る一枚の守り。防御力は皆無だと気付いていないのだろう。土井の目を盗んで少し捲り、移り香を味わう。  浮き出た脈に沿って指先を滑らせると、柔らかな弾力が伝わってかえって煽情的だ。ボタニカルカラーの誂えの上から歯を立てたらどんな鳴き方をするだろう。かぶりつきたくなるのを、理性を総動員してぐっと堪えた。 「さ、お茶が入ったよ。……手は洗ったのか?」  土井が湯呑みを配るよりも早く、船山の手が伸びる。  塩漬けの葉ごと齧り付くなんて、お里が知れるぞ。俺は意地でも剥いてやる! 「で? 土井はどっちだ?  桜餅、葉っぱ食べる派? 引んむく派?」 「今日のは駅前の海苔巻き屋さんの桜餅と道明寺だから、そのままいただく。」  船山は賛同を得て満面の笑み。 「でも、浅草長命寺の桜餅なら葉を剥がす。  あれは初めから剥がして食べる計算で、塩漬けの葉二枚で挟んでいるからな。移り香で充分なんだよ」 「ああ、だから、一枚だったり二枚だったりするのか。俺のよく食べるのは二枚だった」 「…服部さん、ほんとにお育ちが良いんですね。  うちで食べるのいっつも一枚ですよ? 生粋の庶民です」  船山が二つ目の道明寺に手を伸ばした。有名でも高級でもない、おばちゃん一人で切り盛りする海苔巻き屋だが、この店の和菓子は少し緩めの餡が絶妙に美味いのだ。  本物の桜の開花は来週だろうか。今日のところは花より団子、ということで。  うかうかしていると食べ損ねそうな勢いに、俺も自分の分の桜餅を手に取ってキープした。土井が用意してくれた黒塗りの菓子皿と姫フォークはすっかり出番を失い、テーブルの隅に追いやられてしまった。 <桜餅編 おしまい>
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