祖母花江の話

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満は、帰って来いと再三電話をしたが、それまで反抗は愚か 口答え一つしなかったアヤメが、離婚して呉れの一点張りで、帰る素振りも無い。 材木の取引先や、森林組合からは、伝票が来て無いとか、納入期限が過ぎるとか 「奥さんは、病気なんですか?」等と言って来る。 田んぼの方も「今日はどこの草取りですか?」「肥料は、どことどこに撒くんですか?」と、従業員が、アヤメの姿を探す。 洗濯も、掃除もしていない家の中は、ぐちゃぐちゃで「飯は?」「風呂は?」 と言っても、誰も返事をしない、全部アヤメの仕事だったからだ。 一番困ったのは、帳簿付けが居なくなった藤兵衛で、考えた末、満に学校へ行かせ 下校途中の敦を連れて帰らせた、驚いたアヤメは、敦を返してくれと電話をしたが 「敦と一緒に暮らしたかったら、帰って来い、でなければ、敦はうちで育てる」 と言う、病気のお前は、ろくな仕事など出来まい、母も養わなければならないし 到底、敦を大学までやる余裕は無いだろう、そんな所で敦は育てさせないと言うのだ。 「お母さん、どうしよう」アヤメは、母に相談した。 「敦とは、別れたくないわよね」「うん」「じゃ、辛いけど家に帰る?」 母が言うまでも無く、それ以外に敦と一緒に暮らす術は無かった。 アヤメは、決心して宍蔵の家に帰る事にし、途中の四つ辻まで行ったものの そこから先には、どうしても足が進まない、どんなに頑張っても、足は言う事を聞かない 「お母さん、足が、この足が四つ辻から先に行かないの、敦が居るのに この足が、足が、、」アヤメは泣きながら、自分の足を拳で叩く。 寿賀子は驚いた、宍蔵の家は、そこまでアヤメを苦しめていたのか 大事な大事な我が子に、会いに行けない程に「アヤメ、、」寿賀子はアヤメを抱き 涙を零した「ごめんね、こんなに苦しんでいたなんて、ちっとも知らずに、、」 親子は一緒に泣いた後、帰りたくても、身体が全力で拒否する所へは帰れない 今は、アヤメの体の方が大事だ、早く治そうと寿賀子は言い、アヤメは、貧乏の中では 何もしてやれない、資産家の宍蔵で育てて貰った方が、良い学校へも行けるだろう その方が、男の子の敦の為かも知れないと、悲しい結論を付け、離婚した。 あんな働き者で、良い嫁さんを離婚するなんて、宍蔵は、何を考えているんだ。
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