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獣はすっかり少女になつき、森へ遊びに行ったかと思うと色んなものをお土産にして持ち帰ってきた。山ブドウの房だったり、大きな謎の卵だったり、蜜蜂の巣を蜂ごと持ち帰ってきた時はさすがの化物も驚いた。
少女が蜂に刺されないよう、化物は慌てて蜂を追い払う。怒った化物が獣を睨むが、獣は不思議そうに首を傾げるだけだった。獣は、化物も怖がらなかった。
少女は獣が持ち帰ってきた物を手で探り、匂いで何なのかを確認した。食卓に並ぶ食べ物の種類が増えていった。化物は、今まで食べられないと思っていた物が工夫次第で食べられるようになると知って驚いた。温かい食べ物もおいしいと思えるようになった。
化物は、住み家を奪った人間達の事をすっかり忘れていた。それほどこの家の中は居心地が良かったのだ。
人間に住み家を奪われた化物。人間の作ったもので命を失いかけた獣。そして化物に村を滅ぼされ、獣に家族を殺された少女。互いに恐れ憎しみ合うはずの者達が集ったこの家は、とても穏やかで幸福に満ちていた。
化物は、ずっとこのままでも悪くないと思っていた。
ある日、外でまた物音がした。少女が転んでしまったのだ。化物は少女に駆け寄るが、いつもと様子が違う。少女が中々起き上がらないのだ。獣が心配そうに少女の周りをグルグル回る。
化物はそこでようやく気付いた。少女が出会った頃よりもやせ細っている事を。食べ物は安定して手に入るようになったのに、なぜ。化物はふと兄の日記に書かれていた事を思い出す。
『妹の目はあっという間に見えなくなり、体は日に日に衰弱した』
毒は未だに少女の体を蝕み続けていた。
化物は鞄から最後の瓶を取り出した。これを飲ませれば、少女は元気な体に戻るはずだ。しかし、ある考えが頭をよぎる。泉の水はきっと目まで治してしまう。そうしたら自分が化物だと知られてしまう。
化物は瓶を鞄に戻した。
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