奇跡の泉

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 化物が目を覚ましたのは、随分と日が経ってからだった。体はまだ重く、傷も痛むが少しは動けるようになっていた。  ぼんやりとした目で、化物は辺りを見回す。上を見ると、ほんの少しだけだが洞窟の入り口が見えた。外は明るく、木の枝が風に吹かれて揺れている。泉の周りは、背の高いシダやアシに囲まれていた。壁から天井にかけて、緑色のペンキを塗ったかのように苔が貼り付いている。  ぼーっと隣のアシを眺めていた化物は、直ぐ横にあったソレに気づき、驚いて飛び退いた。  アシの中に隠れるように、人間が横たわっていたのだ。  化物の目に怒りが満ちる。化物は人間に住み家を奪われたのだ。  この化物は魚が好物なので人間を襲って喰ったりはしなかったが、人間達は化物は総じて人を襲うものだと思い込んでいた。化物の住んでいた湖に毒を入れ、周りの森に火を点けた。たまらず逃げ出た化物に、大勢の人間が刃を向けた。逃げても逃げても、人間達は狂ったように化物を追い回した。  許せるはずが無かった。  化物は毛を逆立て、唸り声をあげた。低く、地鳴りのような声は森中に響き渡り、動物達は驚き逃げまどった。  しかし人間はぴくりとも動かない。それもその(はず)、この人間は化物が来る前からここで死んでいたのだ。  人間がもう息をしていない事に気づいた化物は、一安心してちゃぷんと泉に浸かった。首だけを岩に乗せ、体全てを湖の中に沈めてじっとする。早く傷を治して人間達に復讐する。今の化物はそれしか考えていなかった。
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