奇跡の泉

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 小さく見える空は、明るくなったり暗くなったりを何度も繰り返した。体の傷は塞がり、翼はまだ動かないが随分と体は軽くなった。  少し元気になり余裕が出てきたが、今度は酷い退屈が化物を悩ませた。尻尾で水面をパシャパシャと打つが、決して楽しくは無かった。  ふと化物は隣に横たわる人間の事を思い出した。近づいてよく見ると、まだ幼さの残る男だった。泉のせいか腐りもせず、人形のように綺麗なままだった。体に在る獣の噛み傷は、中途半端に塞がっている。治る前に死んでしまったようだ。  死んだ人間は、右腕を泉の中に突っ込んでいた。引き上げてみると、右手は透明な(びん)を握りしめていた。泉の水を薬として持ち帰るつもりだったのだろう。  泉から出て、人間の周りを探る。近くには瓶の(ふた)と、人間の持ち物らしい(かばん)があった。中には少女の写真と空の瓶が二つ、それと日記らしい本が入っていた。  人間の文字が読める化物は、暇つぶしに日記を読んだ。  日記はまだ男が少年の頃に、家族と共に森の奥にぽつんと建つ一軒家に引っ越してきた日から始まっていた。何故、他に誰も居ない地に移り住んだのかまでは書かれていなかった。  家族は、男と母親と父親、そして妹の四人暮らしだった。途中で犬が一匹増えたが、家族以外の人間はこの日記には一向に出てこなかった。  読み進めると母親が死に、父親も直ぐに死んだ。森には獰猛(どうもう)な獣が沢山住んでいて、二人とも喰われてしまったのだ。  森の一軒家には子供二人だけが残された。
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