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「あの時、お母さん阿部さんと同じ事言ったんですよ。」
「同じ事?」
「そう。
かすりは遠慮して好きなもの頼まないだろうからって。
それから、私にに食べ欲しかったっとも言ってました。
本当に同じ事言うからびっくりしちゃって……。」
かすりは不意に涙が出そうになって慌ててこらえた。
涙は簡単に人に見せるものではない。
それはかすりが今まで生きてきた中で身につけた自己防衛の為の技みたいなものだった。
何があっても泣いてはいけない。
泣いたら負けだ。
泣くことは人に弱みを見せる事だから。
だからかすりの母が亡くなった時も人前で涙は見せなかった。
それなのに、想い出のバナナパフェでうっかり涙が出そうになっている。
そんな自分にかすりは自分でも驚いていた。
「俺結婚してないし子供もいないからよくわからないけど、かすりちゃんのお母さんの気持ちわかる気がするな……。」
かすりは答えを求めるように阿部の顔をじっと見る。
「普段は贅沢させてやれなくて可哀想だって気持ちが絶対にあると思うんだよね。
それにデパートのレストランでうどんを自分から頼む子ってあまりいないよ。
そんなかすりちゃんに普段は凄くありがたいと思ってるけど、今日くらいは好きなものを食べさせてあげたいって思ったんじゃないかな?
だけどそれを言ってもかすりちゃんはきっとそんなに入らないとか、何か理由を付けて断るだろうからお母さんは勝手に頼んだんだと思う。
その気持ちはスゲーわかる。」
「そうなんですか?」
「うん。」
「そっか。」
かすりは母の気持ちを代弁してくれた阿部に感謝の言葉を探すけど、何か話すと泣いてしまいそうなので一番上のバナナを口に入れて、
「美味しい。」
そう言うのが精一杯だった。
口の中でバナナの皮にシュガースポットが現れる少し前の、弾力のあるバナナの味が広がる。
『これこれ。
この味……あの時と同じだ。』
かすりは16年前の記憶と今がリンクして、あの時の歓びが今に蘇る。
『あの時、本当に嬉しかったな……。』
今になって思えば、あの頃の自分は知らず知らずの内に無理していたとかすりは思う。
ただ、大好きな母を困らせたくないという一心でわがままを言わず、自分で出来ることは何でもやろうと思ったし、実際にそうした。
母はそんな私にちゃんと気づいてくれていたと思うと、母には絶対に知られたくなかった事の筈なのに嬉しくなる。
あんまり考えると本当に泣きそうで、黙々とバナナパフェを口に運んだ。
そんなかすりを阿部は優しく見守っていた。
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