3102人が本棚に入れています
本棚に追加
「ごちそうさまでした。」
「いえいえ、高級なレストランじゃなくてごめんね。」
「いえ、とても素敵なお店でした。」
阿部の車の中まで、かすりは幸せな気分を持ち帰っている。
もう少しで車が会社に着いたら、かすりは自分の車に乗りかえて帰る。
だけどこのドライブが終わってしまうのが名残惜しく感じた。
それはまるで遠足へ行った帰りに、バスが家に近づくのを恨めしく思うのと似ていた。
「どうしたの?」
かすりの様子に阿部が気づいた。
「はい?」
「なんか急に元気なくなったから。」
「そうですか?
そんなこと無いですよ。」
まさかもうちょっとこのままドライブしたいなんて言えない。
「次に食べたいものがあったら言ってね。
お客さんに聞いて美味しいしお店探しとくから。」
「はい。
ありがとうございます。」
無情にも車は会社について、かすりはクルマから降りると、阿部の車が出発するのを見送ろうと思ってその場に留まった。
「今日はありがとうございました。」
「じゃあかすりちゃん気を付けてね。
もう会社に誰もいないし時間も遅いからかすりちゃんが先に出て。」
そう言われてかすりは急いで車に乗り込むと、阿部に深々と頭を下げてから車を発信させた。
クーラーの効いた車から降りたせいでじとっとした生ぬるい空気がかすりの残念な気持ちに輪をかけた。
それでも最後に食べたバナナパフェを思い出すと幸せな気持ちがよみがえる。
「うん。
これでまたしばらくは頑張れる。」
と言っても、別に何かに困ったり疲れ果てているわけではない。
だけど、かすりが自分でそう思っているだけで、入社して3ヶ月目の新人としてはかなり心身ともに疲れているはずだった。
阿部はそんな疲れをかすりも気づかないうちに取り払ってくれていた。
『阿部さんて不思議な人だよな……。』
会社の先輩なのに全然偉そうじゃなくて(もちろんみんなそうなんだけど、それでも阿部は特にそう感じる)、天然っぽいところもあって、優しくて、寂しがりや……。
『なんかウサギっぽい。』
かすりは一人の車の中でクスリと笑った。
『次のお弁当には人参の甘露煮を入れよう。』
そう心に決めて、かすりはいたずらを計画している子供の様な気分でアパートへと車を走らせた。
最初のコメントを投稿しよう!