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長く続いた梅雨の終わりを、高らかに宣言するような油蝉の合唱が、否応なしに鼓膜を叩く。
喧しいと思う反面、長い間過ごした暗く湿った土の中から、ようやく日の当たる世界に躍り出た彼らを、安易に責めることは直哉には出来なかった。
「きゅーけーしよーよぉ!」
背後から響く間延びした能天気な声に、直哉は自転車を押す足を止め、首だけで後ろを振り向く。
7月の濃い青空を背にして、項垂れた帆乃夏が、数メートル後ろで荒い呼吸を繰り返していた。目深に被った麦わら帽子の陰の中、責めるような上目遣いで直哉を睨みつけている。
「休憩してもいいけど、あちぃのは変わんねーぞ」
「歩くのが速いんだよ! ちょっとは女の子に気を使え。そんなんじゃ、モテないぞ。」
滴り落ちる汗を、手の甲で拭いながら帆乃夏が捲し立てる。物心付く前から隣に居たような相手に対して、今さら女の子も何もあったものではない、と直哉は内心毒突きながら、それでも彼女が追い付くのを待つ。
俯くと鼻先で合流した汗の玉が、アスファルトに落ちて小さな染みを作った。
「ちょっと、でかくなったからって、調子にのんなよ」
隣に追い付いた帆乃夏が息も絶え絶えに再び直哉を睨む。
どの辺が調子に乗っていたのか、直哉には分からなかったが、言い返すだけ不毛なやり取りが展開されるであろう事だけは、はっきりと予想されたので、何も言わない。
確かに、ここ一年の間に随分と高くなった直哉の視界に映る帆乃夏は、相対的に縮んでしまったような印象を彼に与えた。
四方をぐるりと囲む山の際に、潜むようなその町は、秋の紅葉を目当てに観光客が訪れる以外、まるで時間に取り残されたような場所だった。
町の中は勾配のきつい坂道ばかりで、それが目的地によって登りか下りに変わるのみだ。進むことを躊躇わせる登り坂か、立ち止まることを許さないような下り坂だけが、ひたすら続いている。
「もうちょっと行ったらボロバスだし、そこで休もうよ」
「おまえ、あそこ好きな」
直哉は眉を顰めて笑う。
帆乃夏の言う"ボロバス"というのは、二人の居る場所の少し先に、随分昔から放置されたままのバスのことだ。ボロいバスだからボロバスという、捻りのないネーミングから漂う幼さが、今では少しこそばゆい。
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