直哉と帆乃夏

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 激しい夕立だった。長い座席の丁度まん中辺りで、直哉は抱え込んだ膝におでこを乗せ、絶え間なく聴こえる雨音と、自身の呼吸音だけに意識を傾けていた。  「泣いてんの?」  突然掛けられた声に驚いて、直哉の肩がびくりと跳ねる。顔を上げると乗降口に、帆乃夏が腕を組んで佇んでいた。  「…泣いてはない」とぶっきらぼうに答えた直哉の方を見ずに、帆乃夏は車内を好き勝手に歩き回る。  「ここ、いーじゃん。あたし好き」  そう言いながら僅かな距離を空けて、直哉の隣に腰を降ろす。頭の後ろで指を組み、目を閉じた帆乃夏は、それ以上何も言わなかった。車内には再び、弱まり始めた雨音と呼吸音だけが満ちる。  先程まで感じていた恐怖が、まるで嘘みたいに溶けて消えた事を、直哉は不思議に思った。
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